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仮説検証。果てしない積み重ねの先に。
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TOP CAREER
櫻井淳子
東京都

FOCUS POINT

調整系・ボディワーク
ダイエット・ボディメイク
健康・機能改善
競技パフォーマンス
CATEGORY

ダイエット・ボディメイク

ボディライン
ボディラインの美しさを重視した指導
ダイエット指導
食事指導を含む減量のサポート
バルクアップ
筋肉量を増やすための指導
コンテスト対策
大会出場者向けの指導/サポート

健康・機能改善

姿勢/歪みの改善
不良姿勢・骨格バランスの最適化
痛み/不調の改善
肩こり・腰痛などの改善を目的とした対応
運動機能の維持
中高年に向けた健康トレーニング
リハビリ後サポート
怪我・手術後などの回復期支援トレーニング

競技パフォーマンス

瞬発力系の向上
アジリティやスピード系能力の強化
持久力系の強化
持続性パフォーマンスや疲労耐性の改善
競技特化トレーニング
スポーツごとの特性に合わせた専用指導
学生アスリート指導
成長期の運動能力向上と怪我予防の両立

調整系・ボディワーク

ヨガ
呼吸・柔軟性・心身のバランス向上
ピラティス
インナーマッスル・姿勢制御力の強化
ボディケア/ストレッチ
徒手による可動域改善やケア
産前産後ケア
妊娠期・出産後のボディサポート

PROFILE

アジア唯一の公式ピラティス継承者として、国内外でのピラティス教育や世界的カンファレンスのプレゼンターを務める。世界のピラティスの中心でアジア人が中核的な役割を担うことは極めて異例であり、その意義は大きく、日本から世界へ本物のピラティスを発信している。

LICENSES

ピラティス指導者養成コースLolita's Legacy™︎ License HolderLolita San Miguel 最高継承者組織 Committee of the Six公式第二世代ピラティスティーチャーピラティス国際エデュケーター

MEDIA

書籍「ピラティスバイブル」(現代書林)放送「グッド!モーニング」(テレビ朝日)雑誌「フィットネス業界誌NEXT(現Fitness Business):インストラクターアワード最優秀賞2度受賞」、他、多数取材記事掲載
IDENTITY
トレーナーインタビュー
櫻井淳子のストーリー画像 1
仮説を立て、からだで確かめ続けた。
目黒・下目黒。駅前の喧騒から少し離れたビルの6階に、そのスタジオはある。 扉が開くと、空気が変わった。大きな窓から柔らかな光が入り、木目の床には静けさが広がっている。整然と並ぶリフォーマー、無駄のない空間。そこには「鍛える場所」というより、長い時間をかけて整えられた研究室のような空気があった。 櫻井淳子は、その中央で静かに取材に応じていた。 言葉数は多くない。必要以上に自分を語らない。だが、質問に対する答えには迷いがなかった。 「私は研究者だったので、何でも仮説を立てて考えるんです。ピラティスも最初からそうでした」 現在、櫻井はジョセフ・ピラティスの流れを受け継ぐ第一世代の指導者、ロリータ・サン・ミゲルから正式に認められた数少ない継承者の一人として活動している。日本だけではなく、世界各地でも指導を行い、後進育成にも携わる存在だ。 だが、その出発点は華やかなものではなかった。 かつて彼女は、妊娠出産期の体調悪化によって寝たきりになり、布団から起き上がることすらできなかった。
数式の世界に逃げ込んだ少女
幼少期、櫻井は親の転勤で2年に1度の引っ越しを繰り返していた。 「どうせまた別れる」 そんな感覚が幼い頃から染みついていたという。 新しい学校へ行き、人間関係を作り直し、また離れる。その繰り返しの中で、極度の人見知りになっていった。グループでの日程調整さえ緊張する。他人に何かを頼むだけで動悸がした。 そんな櫻井にとって、数学や物理の世界は安心できる場所だった。 「数式は裏切らないんですよね」 感情では変化しない。条件が同じなら、結果も同じになる。その明快さに惹かれていった。 小学生の頃、コンビニのコピー機に強い衝撃を受けたという話も印象的だ。 「10円で知識が保存できるって、すごいことだと思ったんです」 さらに、薄いコピー用紙1枚の中に、多くの技術や特許が詰まっていることを知った。そこから興味は材料工学へ向かい、やがてコピー用紙を専門とする物理化学の研究者になった。 人前に立つタイプではない。むしろ、静かに観察し、分析し、積み上げることを好む人だった。
櫻井淳子のストーリー画像 3
「動物として成り立っていない」
結婚し、妊娠をしてから、身体が急激に崩れた。 妊娠中から強い体調不良が続き、出産後もほとんど寝たきりの状態になった。病院を回り、薬も試したが、改善しない。 外へ出ることも難しかった。 そんなある日、布団の中で違和感を覚える。 空耳だと思っていた音が、実際には赤ちゃんの泣き声だった。おそらく1時間くらいは泣き続けていたという。 慌てて起き上がろうとしても、からだはいうことをきかない。 「その時、自分は動物として成り立っていないと思ったんです」 育児ができないというのは母親以前に、生き物としての機能が保てていない。櫻井はその状態を、感情ではなく、現象として受け止めていた。 「まず、人として普通に生きられる状態に戻さなきゃいけないと思いました」 そこから、方法を探し始める。
櫻井淳子のストーリー画像 4
「30日」を信じなかった
外出できない中で、櫻井はAmazonで運動に関する本を探した。 偶然選んだ一冊が、ピラティスの本だった。 表紙には「30日で変わる」と書かれていた。 だが、櫻井はその数字をそのまま受け入れなかった。 「1年半寝たきりだった人間が、30日で変わるわけがないと思ったんです」 研究者らしい発想だった。 身体機能が落ちていた期間を考えれば、回復には最低でもその数倍は必要だろう。そう仮説を立てた。 そして、自分なりに90日という期間を設定した。 「だから90日、1日も休まず続けようと決めました」 感動的な出来事があったわけではない。ただ、毎日続けた。 そして90日目の朝、変化が訪れる。 「その日、久しぶりにぐっすり眠れたんです」 これには本当に驚いた。なぜなら、最新の科学をもってしても改善しなかった不調が、たった畳1枚分のスペース程度で、身体が確かに変わり始めたからだ。 櫻井はそこで、ピラティスを続ける決意をした。 「これは自分の人生を変えるものかもしれないと思いました」 その判断もまた、"感覚"ではなく、"検証結果"に近かった。
櫻井淳子のストーリー画像 5
反復を希望へ
当時、日本でピラティスはほとんど知られていなかった。 地方都市で仕事として成立している例も少ない。それでも櫻井は、研究職として築いてきたキャリアを手放す決断をする。 当然、周囲は驚いた。 実家では「宗教にハマったのでは」と心配され、母親が寝込んでしまったほどだったという。 それでも、考えは変わらなかった。 「人生って、待っていたら終わってしまうんですよね」 お金が貯まったら。子どもが大きくなったら。環境が整ったら。 そうやって先延ばしにしている間に、時間は過ぎていく。 寝たきりだった1年半を経験した櫻井にとって、その感覚は切実だった。 ただ、問題は別にあった。 極度の人見知りである。 指導の実技試験では緊張で身体が固まり、声も出なくなる。練習では手足が震え、顔が痙攣した。 そこで櫻井が選んだ方法も、やはり研究者的だった。 「感情をどうにかしようとは思わなかったんです」 代わりに、"反復"で上書きしようとした。 「寝言でも指導用語が出るくらい繰り返せば、身体が先に動くかもしれないと思って」 風呂でも、車の中でも、毎日指導練習を続けた。それを3年間続けた。 感情論ではなく、再現性を作る。その積み重ねは、唯一の希望だった。
櫻井淳子のストーリー画像 6
帰国のたびに、身体が壊れた
やがて櫻井は、日本で学べる範囲に限界を感じるようになる。 本場を知るため、アメリカへ渡った。 資金に余裕があったわけではない。幼い子どもを預けて渡航することへの葛藤も大きかった。 「飛行機の中で、何度も『これでいいのかな』って思いました」 現地では、さらに厳しい現実が待っていた。 英語が聞き取れない。周囲には元ダンサーやトップレベルのトレーナーがいる。自分だけが圧倒的についていけない。 「高校生の中に幼稚園児が混ざってる感じでした」 理解できないまま授業が進み、自分ができているのかも分からない。 そして帰国するたびに、身体が反応した。 発熱、頭痛、蕁麻疹。 強い緊張とプレッシャーが、身体症状として現れた。 それでも、また渡米する。 「できないなら、できるまで続けるしかなかったので」 言葉は静かだが、その継続は尋常ではない。
櫻井淳子のストーリー画像 7
「あり方」を学ぶ
転機になったのは、ジョセフ・ピラティスから直接認定を受けた第一世代の指導者、ロリータ・サン・ミゲルのメンタープログラムだった。 映像審査と出願書を経て参加を認められた櫻井は、「自分は他の人の10分の1しか吸収できないかもしれない」と考えていたという。 だからこそ、比べる対象を変えた。 「他人じゃなく、昨日の自分より成長することだけ考えようって」 初日、英語が分からず一人だけ違う動きをしていた櫻井に対し、ロリータは強い口調で指導した。 周囲が静まり返るほどだった。 だが、櫻井はその時、むしろ嬉しかったという。 「初めて、ちゃんと要求してもらえた気がしたんです」 これまで遠慮されることが多かった。しかしそこでは、"できない人"としてではなく、一人の学ぶ人間として扱われた。 その日の夜、ホテルで泣き続けた。 「今日も教えてもらえた、って」 櫻井はそこで、技術以上に大事なものを学んだという。 知識だけでは、人は育たない。 どんな環境に身を置くか。どんな基準の中で生きるか。その積み重ねが、"あり方"を作る。 後にロリータから言われた言葉が、今も残っている。 「あなた自身を変える必要はない。先生としてのあり方を磨きなさい」
積み重ねの先に
現在、櫻井は国内外で後進育成に携わりながら、本来のピラティスを伝える活動を続けている。 ただ、本人は特別な成功談として語ろうとはしない。 「私は天才型じゃないので」 そう笑う。 むしろ、自分を支えてきたのは、仮説を立てて検証し、うまくいかなければ修正する、その繰り返しだったと言う。 寝たきりだった時期も、人前で話せなかった頃も、英語が分からず立ち尽くしていた時期も、やることは変わらなかった。 できるまで、続ける。 その積み重ねの先に、今がある。 取材の最後、櫻井はこんな言葉を口にした。 「言葉で伝えるだけじゃなくて、一緒にいると何か伝わるような人でありたいんです」 それは技術論というより、生き方に近い話だった。 研究者として始まった人生は、いつしか"人のあり方"を磨く仕事へとつながっていた。
櫻井淳子のストーリー画像 9
 
櫻井淳子のプロフィール画像
櫻井淳子
アジア唯一の公式ピラティス継承者として、国内外でのピラティス教育や世界的カンファレンスのプレゼンターを務める。世界のピラティスの中心でアジア人が中核的な役割を担うことは極めて異例であり、その意義は大きく、日本から世界へ本物のピラティスを発信している。

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